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3587: by ユリママ on 2013/03/06 at 21:24:18

前の時も思ったのですが、
震災の経験は本当にすざましいものですね。<(_ _)>

図書館は非難するのに ピッタリだと思います。

私のウチの近所にはないので、どこにいったらいいか
考えておかなければなりませんね。


ウチのマンションが建っている場所は
川と川とに挟まれているので地盤が弱いらしいです。

図書館もないし、、、、。
(心配です。)(>_<)

本当に近くに公共の施設がないので、
恐ろしい場所なんじゃないかと、心配に思えてきました。

3591: by ぴゃす~ on 2013/03/06 at 22:46:12

今晩は。

震災の経験者さんでしたか・・・
大変な目に遭われたのですね。
言われると図書館を避難所にするのは大納得ですね、私も心に刻みつけました。

私は当時、高知で大学生をしていましたが、あのときの記憶は今でもよく覚えています。
パンとぶどう酒さんが無事で本当に良かったと思うのと同時に、亡くなられた人のことを思うと心が沈みます。

阪神・淡路大震災から17念、東日本大震災からも早2年が経とうとしていますが、甚大な被害を出して得た教訓を、しっかりと受け継ぎ、伝えていかねばならないと改めて思いました。

3592:ゆりママさん★ぴぁす~さんへ by パンとぶどう酒 on 2013/03/07 at 15:55:10

★ゆりママさんへの返信です★
> 震災の経験は本当にすざましいものですね。<(_ _)>

= 精神の病いで要介護認定を受け、
今でも入退院を繰り返している知人がいます。

> 川と川とに挟まれているので地盤が弱いらしいです。

= 河川沿いの住宅の被害はヒドかった印象があります。
河川の手前側の住宅の被害です。
おそってきた地震が河川ではね返されて
被害が二重になったんじゃないかと地元の人たちと噂しあいました。
(河川の向こう側は被害が軽くなっていました。)
河川を挟んで被害の状況が変わっていた印象があります。

車の運転はできないものと考え、
どう行動するかシュミレートする必要があると思います。
もしもの時、ゆりママさんは病院施設で
ずっと働き続けるような気がします^^
その時は無理しないでくださいね~☆
コメントどうもありがとうございました。



★ぴぁす~さんへの返信です★
> 大変な目に遭われたのですね。

= うちは幸い、怪我だけで済みました。
(私は男3兄弟)末の弟だけ学生でしたので海外短期留学。
後は全員、働き手。経済的な大打撃からも復興できました。
今でも心に爪痕を残し、復興もままならなかった人、多いです。
(あの日は今でも特別な日です。)
辛かった経験以外に、楽しかった、嬉しかった経験も沢山積めました。
今日は○○県から炊き出しにきてくれました~!
館内放送があると嬉しかったです^^
洋服も下着からジャンパーまで、もらえました^^

> あのときの記憶は今でもよく覚えています。

= 停電でテレビがずっと観れなく、だいぶしてから
テレビで観て、びっくりしたことを憶えています。

体験した知識など、共有し合えるのが
ブログの醍醐味ですよね!!
コメントどうもありがとうございました。


3597: by ♪ねこ♪ on 2013/03/08 at 12:10:21

阪神大震災の日は、よく覚えています。
実家は関西方面と繋がる活断層の上にあるので、
よく揺れました。
早朝、まだ暗かったですよね。
最初の縦揺れで、びっくりして飛び起きました。
単身赴任で、ひとりで十三の単身者用社宅に住んでいた父から、
すぐに電話が入りました。
「テレビが落ちたし、壁にヒビが入ってるけど、無事だから大丈夫」と。
それ以降、何日も父とは連絡がつきませんでした。

私は、その日、卒論の口頭試問の日でした。
昼頃に帰宅してテレビをつけたら、
長田区の火災、倒壊した家屋や高速道路の映像が次々と入ってきていました。
見ながら、膝がガクガクと震えました。

一年で一番寒い時期に起きた震災。
ライフラインがストップした中、避難所で過ごす方々の
肉体的寒さ、精神的寒さは如何ばかりだったろうと思います。
図書館を選択なさったのは、素晴らしい判断ですよね。
体育館や教室よりも、視線を遮ることのできる家具が多かったり、
いくつも部屋があったり。

ウサコさんとは、万が一のとき、
自宅から最寄の小学校で待ち合わせすることにしていますが、
パン先生のこの記事を以前読んだときから、
図書館もいいなぁ・・・と思っています。
1時間弱の距離を歩けば、オープンしたての新しい図書館も、
広いけど古い図書館もあります。
でも、崩れた家屋とガラスが散乱した道路を、
図書館まで歩けるかが問題ですね。
さらに、ただでさえ方向音痴のウサコさんが、その混乱した状況のなかで、
普段とは違う風景を見ながら、合流地点まで辿り着けるかどうかが、
とても不安です。
まずは、災害伝言ダイヤルのデータの入出力方法を
確認しておかなくてはいけませんね。

3598:♪ねこ♪さんへ by パンとぶどう酒 on 2013/03/08 at 13:01:44

★♪ねこ♪さんへの返信です★
当日の思い出。
当時、私の家に遊びに来る野良猫がいました。
窓ガラスを引っかいて、にゃあ~にゃあ~鳴いて
ご飯をくれ。遊んでくれとやってきます。
当日、やけにうるさく鳴いて呼ぶので、早朝に起きることができました。
地震が起きる瞬間、普段なら寝ている時刻ですが、
あの時、ジャージの上にジャンパー着て立ってる状態でした。
タンスや本棚を押さえることができたのは幸運でした。
大怪我を負った可能性もありました。
その猫ちゃんが私を助けにきてくれたと思っています。
(地震後、何度も探しましたが会えなくなってしまいました。)
その猫ちゃんのことは今でも考えることがあります。

避難所で聞いた震災直後の爆笑話。
あるおばさんがお風呂に入っていたそうです。
(お風呂は庭に別棟プレハブで設置。)
地面が揺れた直後、お風呂の壁が左右前後、
パタンパタンとドリフのコントのように倒れたそうです。
(ホンマかなぁ~^^)
気がついたら、庭に浴槽だけ設置して
外から丸見えでお風呂に入っている状態だったそうです。
旦那さまに服を持ってきてもらったそうです。

その話、誰かが「ホンマかいな~?」とツッコミを入れたら、
笑いながら「ホンマやで~!」と言ってました。

♪ねこ♪さん、十三に単身赴任されているお父さまと
連絡がすぐに取れてよかったですね。
(震災直後は連絡が確かに取れました☆)
安否の確認をいち早く誰かに連絡する。
これも重要なことだと思ってます!!

> 視線を遮ることのできる家具

= 女性の方は特にそうですよね。
私は図書館の視聴覚室で仮設住宅に移るまで
長期間、避難生活を送っていました。
(本のある部屋は開放されてませんでした☆)

あと、トイレも大変だった記憶があります。
二日目の夜だったかなぁ…河川敷でこっそり野糞しました(内緒)

現実では何が起こるのか分かりませんが、
シュミレートしておくことは大切なことだと思いますよね。
備えあっても憂いありですが…
コメントどうもありがとうございました。


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万が一の災害に備えて、図書館の近くに住んでいます☆




日本図書館協会2011年の統計によれば、
公共図書館の数が、3210となっています。
1990年と比較して、現在は、1000以上増えているようです。


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第1617回「今住んでいる家の魅力」



私は、賃貸アパートに住んでいます。
利点は、図書館から近いことです。
相場より少し高くなりましたが、私の第一のこだわりです。


図書館へは、子供の頃から2週間に1度、足を運ぶ習慣が身についています。
近年、子供たちと一緒に行って、絵本専門で楽しんでいます。
図書館の近くに住むと決めた理由は、阪神大震災の影響です。
避難経路、どこへ避難するのか、その必要性を痛感したからです。


例えば当時、私は玄関へ回ることが出来ず、クツが取り出せませんでした。
真冬の夜明け前、ガラスが散乱する中を裸足で歩き、窓から飛び出しました。
(クツは近くに住んでいた弟から調達。)


信号機が機能しない交差点を、車で走行したことがあります。
どれほど熟練したドライバーでも、恐怖を感じることでしょう。
車を運転中、道路の陥没に落ちて大怪我を負った友人がいます。
車が廃車になるような事故でした。


家族の安否を確認してから、どこへ避難してよいのか迷いました。
頑強な建築物、図書館へ向かったことは、大正解でした。
様々な情報が入ってくることが、学校施設より格段に早かった印象があります。
物質面での援助も、他の施設より恵まれていました。(本も読み放題。)


また何より体育館と比較して、隙間風が吹くわけでもなく、底冷えもしません。
高齢者の方や、幼い子供がいる家庭にとっては由々しき問題だと考えます。
体験から得た我が家の避難ルートのシュミレーションは出来ています。


近くに大型公園がある。これも大切なことだと思っています。
いざという時、避難場所にもなります。
自宅から自転車で15分以内の距離に、大型公園が2ヶ所あります。
市営の温水プールもあります。(毎月2回、子供たちとお世話になっています。)


子供を育てるには良い環境だと思っています。
欲を言えば、古本屋さんが近くにあれば最高なんですが。
それを言うと、山の神さまに追い出されてしまいます(汗)



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3587: by ユリママ on 2013/03/06 at 21:24:18

前の時も思ったのですが、
震災の経験は本当にすざましいものですね。<(_ _)>

図書館は非難するのに ピッタリだと思います。

私のウチの近所にはないので、どこにいったらいいか
考えておかなければなりませんね。


ウチのマンションが建っている場所は
川と川とに挟まれているので地盤が弱いらしいです。

図書館もないし、、、、。
(心配です。)(>_<)

本当に近くに公共の施設がないので、
恐ろしい場所なんじゃないかと、心配に思えてきました。

3591: by ぴゃす~ on 2013/03/06 at 22:46:12

今晩は。

震災の経験者さんでしたか・・・
大変な目に遭われたのですね。
言われると図書館を避難所にするのは大納得ですね、私も心に刻みつけました。

私は当時、高知で大学生をしていましたが、あのときの記憶は今でもよく覚えています。
パンとぶどう酒さんが無事で本当に良かったと思うのと同時に、亡くなられた人のことを思うと心が沈みます。

阪神・淡路大震災から17念、東日本大震災からも早2年が経とうとしていますが、甚大な被害を出して得た教訓を、しっかりと受け継ぎ、伝えていかねばならないと改めて思いました。

3592:ゆりママさん★ぴぁす~さんへ by パンとぶどう酒 on 2013/03/07 at 15:55:10

★ゆりママさんへの返信です★
> 震災の経験は本当にすざましいものですね。<(_ _)>

= 精神の病いで要介護認定を受け、
今でも入退院を繰り返している知人がいます。

> 川と川とに挟まれているので地盤が弱いらしいです。

= 河川沿いの住宅の被害はヒドかった印象があります。
河川の手前側の住宅の被害です。
おそってきた地震が河川ではね返されて
被害が二重になったんじゃないかと地元の人たちと噂しあいました。
(河川の向こう側は被害が軽くなっていました。)
河川を挟んで被害の状況が変わっていた印象があります。

車の運転はできないものと考え、
どう行動するかシュミレートする必要があると思います。
もしもの時、ゆりママさんは病院施設で
ずっと働き続けるような気がします^^
その時は無理しないでくださいね~☆
コメントどうもありがとうございました。



★ぴぁす~さんへの返信です★
> 大変な目に遭われたのですね。

= うちは幸い、怪我だけで済みました。
(私は男3兄弟)末の弟だけ学生でしたので海外短期留学。
後は全員、働き手。経済的な大打撃からも復興できました。
今でも心に爪痕を残し、復興もままならなかった人、多いです。
(あの日は今でも特別な日です。)
辛かった経験以外に、楽しかった、嬉しかった経験も沢山積めました。
今日は○○県から炊き出しにきてくれました~!
館内放送があると嬉しかったです^^
洋服も下着からジャンパーまで、もらえました^^

> あのときの記憶は今でもよく覚えています。

= 停電でテレビがずっと観れなく、だいぶしてから
テレビで観て、びっくりしたことを憶えています。

体験した知識など、共有し合えるのが
ブログの醍醐味ですよね!!
コメントどうもありがとうございました。


3597: by ♪ねこ♪ on 2013/03/08 at 12:10:21

阪神大震災の日は、よく覚えています。
実家は関西方面と繋がる活断層の上にあるので、
よく揺れました。
早朝、まだ暗かったですよね。
最初の縦揺れで、びっくりして飛び起きました。
単身赴任で、ひとりで十三の単身者用社宅に住んでいた父から、
すぐに電話が入りました。
「テレビが落ちたし、壁にヒビが入ってるけど、無事だから大丈夫」と。
それ以降、何日も父とは連絡がつきませんでした。

私は、その日、卒論の口頭試問の日でした。
昼頃に帰宅してテレビをつけたら、
長田区の火災、倒壊した家屋や高速道路の映像が次々と入ってきていました。
見ながら、膝がガクガクと震えました。

一年で一番寒い時期に起きた震災。
ライフラインがストップした中、避難所で過ごす方々の
肉体的寒さ、精神的寒さは如何ばかりだったろうと思います。
図書館を選択なさったのは、素晴らしい判断ですよね。
体育館や教室よりも、視線を遮ることのできる家具が多かったり、
いくつも部屋があったり。

ウサコさんとは、万が一のとき、
自宅から最寄の小学校で待ち合わせすることにしていますが、
パン先生のこの記事を以前読んだときから、
図書館もいいなぁ・・・と思っています。
1時間弱の距離を歩けば、オープンしたての新しい図書館も、
広いけど古い図書館もあります。
でも、崩れた家屋とガラスが散乱した道路を、
図書館まで歩けるかが問題ですね。
さらに、ただでさえ方向音痴のウサコさんが、その混乱した状況のなかで、
普段とは違う風景を見ながら、合流地点まで辿り着けるかどうかが、
とても不安です。
まずは、災害伝言ダイヤルのデータの入出力方法を
確認しておかなくてはいけませんね。

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★♪ねこ♪さんへの返信です★
当日の思い出。
当時、私の家に遊びに来る野良猫がいました。
窓ガラスを引っかいて、にゃあ~にゃあ~鳴いて
ご飯をくれ。遊んでくれとやってきます。
当日、やけにうるさく鳴いて呼ぶので、早朝に起きることができました。
地震が起きる瞬間、普段なら寝ている時刻ですが、
あの時、ジャージの上にジャンパー着て立ってる状態でした。
タンスや本棚を押さえることができたのは幸運でした。
大怪我を負った可能性もありました。
その猫ちゃんが私を助けにきてくれたと思っています。
(地震後、何度も探しましたが会えなくなってしまいました。)
その猫ちゃんのことは今でも考えることがあります。

避難所で聞いた震災直後の爆笑話。
あるおばさんがお風呂に入っていたそうです。
(お風呂は庭に別棟プレハブで設置。)
地面が揺れた直後、お風呂の壁が左右前後、
パタンパタンとドリフのコントのように倒れたそうです。
(ホンマかなぁ~^^)
気がついたら、庭に浴槽だけ設置して
外から丸見えでお風呂に入っている状態だったそうです。
旦那さまに服を持ってきてもらったそうです。

その話、誰かが「ホンマかいな~?」とツッコミを入れたら、
笑いながら「ホンマやで~!」と言ってました。

♪ねこ♪さん、十三に単身赴任されているお父さまと
連絡がすぐに取れてよかったですね。
(震災直後は連絡が確かに取れました☆)
安否の確認をいち早く誰かに連絡する。
これも重要なことだと思ってます!!

> 視線を遮ることのできる家具

= 女性の方は特にそうですよね。
私は図書館の視聴覚室で仮設住宅に移るまで
長期間、避難生活を送っていました。
(本のある部屋は開放されてませんでした☆)

あと、トイレも大変だった記憶があります。
二日目の夜だったかなぁ…河川敷でこっそり野糞しました(内緒)

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備えあっても憂いありですが…
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