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3510:表現者として思うこと by 片瀬みこと on 2013/02/20 at 20:39:01

慣例上許容されている重複表現は、確かにいろいろありますね。
しかし、この場合の許容とは、日常会話においては、ということだと思います。
私自身、口にもしているでしょうし、よく耳にもします。

この、日常よく使用されている重複表現、
小説内でも、同じように使われているかといえば、決してそうではないように思います。
実際、私はあまり見かけません。
作家自身はもちろん、担当編集者も、それは、誤った表現、と認識してるからでしょう。

だからこそ、余計に、宮部みゆきさんの件が気になるんですよね。
果たして、あれは単純ミスか、それとも、何か特別な意図があるのか。
日常会話同様、小説内でも、もっと積極的に使っていこう。
日本文壇に対する、そんなメッセージだろうか。

私の悩みは、しばらく続きそうです。
誰か、宮部みゆきさんに、直接真相を確かめてもらえないでしょうか。(笑い)

パンとぶどう酒さんと同じく、私も、言葉には敏感でありたいと思っています。
そして、小説を通して、もっと日本語表現の可能性を追求していければとも思ってます。
今回は、日本語について、改めて考えさせられました。

人に何かを伝える時、そのために、いったいどんな言葉を選択するか、
その人が持っている性格や美意識は、そういう場合に表面化してくるんじゃないでしょうか。
美しい日本語の使い手でありたいものです。

3513:書き言葉と話し言葉 by ♪ねこ♪ on 2013/02/20 at 22:13:12

> 文字として書き記す場合、
> 見た目、語呂の良し悪しは考慮するかもしれません。

同感です。
文字に起こしたとき、同じ漢字が続く表現、
同じ文末になる表現は、避けることが多いです。
その結果、話し言葉では使ってしまいがちな表現を、
違う言葉に置き換えることがあります。
でも、強調したい場合は、
あえて反復表現をすることもありますが。

私の場合は、小説文学ではなく、
日常会話を、そのまま(方言だけを直して)書き起こすことが多いので、
二重表現もあるかもしれません。
ただ、できるだけ読みやすくしたい・・・という思いから、
句読点や改行、ひらがなが続く場合の空白や、バランスには
私なりに気を配っています。
漢字で表現したくても、読みにくい漢字であったり、
ひらがなで表現したくても、前後が平仮名だったりすると、
迷ってしまうので、実際に打って、
自分で読んでみてから、どちらにするか決めています。

何だか、二重表現から話がずいぶん逸れてしまって、ごめんなさい。

書き言葉の世界は、奥が深いですね。
やはり、片瀬さんの仰るように、
“美しい日本語の使い手でありたいものです”ね。

3514:こんばんは、お酒さん、こんばんは、森進一です by こんばんは、森進一です on 2013/02/21 at 00:30:24

こんばんは、森進一です

ひーちゃん(森進一)は、気にしませ~ん

何処までが方言か、分からないし~

ヒップホップ・ラップ系の、ノリで書いてるから、

考えながら書くより、閃きで書いた方が面白いし~

結果、読みにくい文章なのでしょうけどぉ~

気にしませんけど~(気にしなさい)

ひーちゃんは、ゴイス~なひーちゃん語の使い手になりりん♪

ひーちゃん、うれぴー♪マンモスうれぴー♪柿ぴー♪

3517:片瀬みことさん★♪ねこさん★ひーちゃん★bochbochさんへ by パンとぶどう酒 on 2013/02/21 at 13:22:34

★片瀬みことさん★♪ねこさん★ひーちゃん★bochbochさんへの返信です★
「表現者として思うこと」
「書き言葉と話し言葉」
「こんばんは、森進一です」
三者三様、ステキなコメントタイトルが並んでいると思いました。
色々と感じて頂けたようで嬉しく思います。

♪ねこ♪さんのコメントはいつものように私の記事の補足。
コメントタイトルを「片瀬みことさまへ」として頂けたら、
私は「コメント、サボれたのに~!」と思いました(笑)

それでは、今日は昼食抜きと覚悟を決めて、
返信コメント、頑張ります!!(珍しく気合が入ってます^^)

ここのところ、敬語や食感・味覚用語など、
言葉についての記事を立て続けに作成しています。
これは、ひーちゃんのブログで色んなことを吸収している影響が大きいです。
ひーちゃんがたまに作られる小説、ゴイス~ですよね♪

今回は片瀬みことさんより頂戴したコメント、
宮部みゆきさんのお話を中心に返信させて頂きます☆

また今回、bochbochさんの拍手コメントも、
コメント欄で合わせて返信させて頂きます。
下記がbochbochさんから頂戴した拍手コメントです。

> おはようございます。
文法上間違った表現方法でもほとんどの方が間違った文章を
使えばそれも正しい文法になっていきますよね。( ^)o(^ )

英語でもイギリス英語、アメリカ英語、オーストラリア英語、
カナダ英語をミックスした、TOEICの問題もあります。
オーストラリア英語はあまり聞きなれないです。カナダ英語も。


= 言葉は水。生きているんだなぁと感じることがありますよね。
日本語は、本来の大和言葉に中国から漢字文化が流入してきたり、
また外来語が入ってきたり、常に動いていますよね。
仏教用語など、本来の意味を失って流通している言葉も沢山ありますよね。


宮部みゆきさんについて。
昔でいえば、松本清張のイメージ。(ポジション)
時代を背負っている作家ですよね。
器の大きい安定感のある作家だと思っています。

先日、野口富士夫「雲のちぎれ」を布団の中で少し読み返しました。
林芙美子の逸話がありました。それを引用します。
「机にむかって原稿を書いていると、
机ごとだんだん身体が前へ進んでいって、むこう側の壁にぶつかってしまう。
それでまた元の位置に机をはこび直して書きはじめると、
またまた壁にぶつかるほど、いつの間にか前へ進んでしまっている。」

作家の集中力、勤勉さについてのエピソード、
私は好んで読んでいます。感嘆しながら読んでいます。
作家の見えないところでの努力、凄まじいものがありますよね。

> 作家自身はもちろん、担当編集者も、
それは、誤った表現、と認識してるからでしょう。

= 「誤った表現」
これは「どう捉えているのか」考察の余地があると思えます。

慣例上許容されているもの
(強調の意味を持つ重複)
私はこちらの方が、関心が高いです。

片瀬みことさんの小説、読点の使い方、改行の仕方、
1970年代を感じることがあります。
文章について、様々な知識を吸収されたんだなぁ。
真摯に言葉と向き合っているのが伝わってきます。

現代は読点を取り払い、改行で読みやすさを優先していると思っています。
利便性はUPしましたが、作者の息遣いを辿る楽しみ、
作者の思考のリズムを辿る楽しみ、言葉が描く風景を辿る楽しみ、
なくなってきていると感じます。
インターネットの影響なんでしょうか…
(私は小説には言葉としての役割、伝達手段以上のものを求めたいです。)

強調表現について。
昭和の時代の小説の方が、強調表現がより強かったと感じます。
現代はセンテンスを分けて、文章を作成しているように感じます。
私は江戸時代の講談を好んでいます。
現代よりも形容詞や言い回しが少なく、
なんて素朴な表現なんだろう、
現代よりも言葉が大切にされていたんだなぁ、
など心に沁みることがあります。

「誤った表現」
私が子供の頃に読んでいた小説と現代の小説、
比較すると助詞や代名詞の使い方が変わっていたり、
言い回しが変わっていたりすることに気づきます。
意味は同じでも語感が違う。私は時の流れを感じます。

古き伝統を守る感性、その殻を打ち破っていく感性、
どちらもステキですよね。

> 日本文壇に対する、そんなメッセージだろうか。

= 私は文壇に関する本も大好きでした♪
近年は賞の選考だけ。形骸化していると感じます。
文壇に関する本も買わなくなりました。
評価の基準は文壇ではなく、
マスコミや発行部数によって決められていると思います。

平野啓一郎や吉村萬壱を読んだ時は、文体にびっくりしました(笑)
町田康や京極夏彦を読んだ時は、新しい風を感じました。
(京極夏彦さんのレンガ本2冊、カバンに入れて通勤してました。)
ひーちゃんの小説を拝見した時には、
時代の大波にさらわれた気分でした。立ちくらんだYO~☆

「日本文壇に対する、そんなメッセージだろうか。」
そこまで深く読み込める片瀬みことさんの感性、素晴らしいと思います。
宮部みゆきさんが、そのことを知ったら喜ばれるように感じます☆

私はブログ訪問していて、小説に限らず、
肉声を感じさせてくれるエントリーが好きです☆
また記事を作成していて、たった1つの言葉で
「かげり」が表現できるとは考えていません。
ブログ全体が醸し出す雰囲気も楽しんで頂けたらいいなと考えています。

> 人に何かを伝える時、そのために、いったいどんな言葉を選択するか、
その人が持っている性格や美意識は、
そういう場合に表面化してくるんじゃないでしょうか。

= 私の心に、グサッと突き刺さりました(汗)
か、か、貝になってしまいそうです(笑)
ブログ運営上では♪ねこ♪さんと同じく、私も推敲を繰り返して
少しでも、マシな文章を綴れたらいいなと思っています。

PS. ひーちゃんへ。
ハンドルネーム「こんばんは、森進一です」、大爆笑しました。
ブログ訪問された方、びっくりされて、
ひーちゃんのコメント注目されたと思います^^
コメントどうもありがとうございました。


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「○○感を感じる」二重表現について

[はっきりと断言できる]
これって、重複表現になりますかね。
実は最近、小説を書いていて、この[重複表現]についてよくわからなくなってきてるんです。

以前読んだ宮部みゆきの小説の中に、[違和感を感じた]という文章があったんです。
これは明らかな重複表現ですよね。

とはいえ、
宮部みゆきほどの作家が、こんな単純ミスを犯すだろうか?
重複表現とわかっている上で、あえて使ったのではないか?

ということは、
重複表現の中には、使っていいものと、そうじゃないものがあるのかも知れない。

それとも、
小説の中での、重複表現は、やはり避けるべきなのか?

考えれば考えるほど、この辺の答えがわからなくなってきています。


私の感性を基準にすると、
[はっきりと断言できる]は○
[違和感を感じた]は×
となるわけです。

それを考えると、
やはり重複表現を避けた方が無難なのでは?
という、ちょっと保守的な考えに落ち着いてしまうんですよ。
結局、自分の文章に、まだまだ自信を持てていないということなんでしょうね。

不倫のライセンス 管理者:片瀬みことさん
22 男女の友情より引用



片瀬みことさんの創作秘話、
とっても興味深い問いかけだと思いました。
下記はWiki 「重言」からの引用です。

二重表現の例

文法上好ましくないもの

(単純な重複)
馬から落馬
馬に乗馬
頭痛が痛い
お金を入金する/出金する
返事を返す
尽力を尽くす
水で冠水
後で後悔する(「後で」は時制の意味で使われているが誤用)
射程距離(射程の「程」は距離の意味)
呪いの呪文
日本に来日する/アメリカに訪米する/・・・
EBM(Evidence Based Medicine)に基づく

(和製英語との重複)
思いがけないハプニング
甘いスイーツ
昼食のランチ


慣例上許容されているもの

(強調の意味を持つ重複)
一番最初/一番最後
最後の切り札

(本来は誤用だが、すでに使用が定着しているもの)
元旦の朝
過半数を超える
被害を受ける/被害を被る
○○感を感じる



「はっきりと断言できる」「違和感を感じた」
慣例上許容されているものに分類されるようです。

少し例を出して考えてみます。
「劣等感を感じた」
日常会話で私は普通に使っています。
また、よく耳にもします。


文字として書き記す場合、
見た目、語呂の良し悪しは考慮するかもしれません。
「引け目を感じた」「劣等感を持った」と直すかもしれません。


歌を歌う。この表現で悩んだことがありました(笑)
どう置き換えたらいいのでしょうね…
言葉には常に敏感でいたいと思います☆


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3510:表現者として思うこと by 片瀬みこと on 2013/02/20 at 20:39:01

慣例上許容されている重複表現は、確かにいろいろありますね。
しかし、この場合の許容とは、日常会話においては、ということだと思います。
私自身、口にもしているでしょうし、よく耳にもします。

この、日常よく使用されている重複表現、
小説内でも、同じように使われているかといえば、決してそうではないように思います。
実際、私はあまり見かけません。
作家自身はもちろん、担当編集者も、それは、誤った表現、と認識してるからでしょう。

だからこそ、余計に、宮部みゆきさんの件が気になるんですよね。
果たして、あれは単純ミスか、それとも、何か特別な意図があるのか。
日常会話同様、小説内でも、もっと積極的に使っていこう。
日本文壇に対する、そんなメッセージだろうか。

私の悩みは、しばらく続きそうです。
誰か、宮部みゆきさんに、直接真相を確かめてもらえないでしょうか。(笑い)

パンとぶどう酒さんと同じく、私も、言葉には敏感でありたいと思っています。
そして、小説を通して、もっと日本語表現の可能性を追求していければとも思ってます。
今回は、日本語について、改めて考えさせられました。

人に何かを伝える時、そのために、いったいどんな言葉を選択するか、
その人が持っている性格や美意識は、そういう場合に表面化してくるんじゃないでしょうか。
美しい日本語の使い手でありたいものです。

3513:書き言葉と話し言葉 by ♪ねこ♪ on 2013/02/20 at 22:13:12

> 文字として書き記す場合、
> 見た目、語呂の良し悪しは考慮するかもしれません。

同感です。
文字に起こしたとき、同じ漢字が続く表現、
同じ文末になる表現は、避けることが多いです。
その結果、話し言葉では使ってしまいがちな表現を、
違う言葉に置き換えることがあります。
でも、強調したい場合は、
あえて反復表現をすることもありますが。

私の場合は、小説文学ではなく、
日常会話を、そのまま(方言だけを直して)書き起こすことが多いので、
二重表現もあるかもしれません。
ただ、できるだけ読みやすくしたい・・・という思いから、
句読点や改行、ひらがなが続く場合の空白や、バランスには
私なりに気を配っています。
漢字で表現したくても、読みにくい漢字であったり、
ひらがなで表現したくても、前後が平仮名だったりすると、
迷ってしまうので、実際に打って、
自分で読んでみてから、どちらにするか決めています。

何だか、二重表現から話がずいぶん逸れてしまって、ごめんなさい。

書き言葉の世界は、奥が深いですね。
やはり、片瀬さんの仰るように、
“美しい日本語の使い手でありたいものです”ね。

3514:こんばんは、お酒さん、こんばんは、森進一です by こんばんは、森進一です on 2013/02/21 at 00:30:24

こんばんは、森進一です

ひーちゃん(森進一)は、気にしませ~ん

何処までが方言か、分からないし~

ヒップホップ・ラップ系の、ノリで書いてるから、

考えながら書くより、閃きで書いた方が面白いし~

結果、読みにくい文章なのでしょうけどぉ~

気にしませんけど~(気にしなさい)

ひーちゃんは、ゴイス~なひーちゃん語の使い手になりりん♪

ひーちゃん、うれぴー♪マンモスうれぴー♪柿ぴー♪

3517:片瀬みことさん★♪ねこさん★ひーちゃん★bochbochさんへ by パンとぶどう酒 on 2013/02/21 at 13:22:34

★片瀬みことさん★♪ねこさん★ひーちゃん★bochbochさんへの返信です★
「表現者として思うこと」
「書き言葉と話し言葉」
「こんばんは、森進一です」
三者三様、ステキなコメントタイトルが並んでいると思いました。
色々と感じて頂けたようで嬉しく思います。

♪ねこ♪さんのコメントはいつものように私の記事の補足。
コメントタイトルを「片瀬みことさまへ」として頂けたら、
私は「コメント、サボれたのに~!」と思いました(笑)

それでは、今日は昼食抜きと覚悟を決めて、
返信コメント、頑張ります!!(珍しく気合が入ってます^^)

ここのところ、敬語や食感・味覚用語など、
言葉についての記事を立て続けに作成しています。
これは、ひーちゃんのブログで色んなことを吸収している影響が大きいです。
ひーちゃんがたまに作られる小説、ゴイス~ですよね♪

今回は片瀬みことさんより頂戴したコメント、
宮部みゆきさんのお話を中心に返信させて頂きます☆

また今回、bochbochさんの拍手コメントも、
コメント欄で合わせて返信させて頂きます。
下記がbochbochさんから頂戴した拍手コメントです。

> おはようございます。
文法上間違った表現方法でもほとんどの方が間違った文章を
使えばそれも正しい文法になっていきますよね。( ^)o(^ )

英語でもイギリス英語、アメリカ英語、オーストラリア英語、
カナダ英語をミックスした、TOEICの問題もあります。
オーストラリア英語はあまり聞きなれないです。カナダ英語も。


= 言葉は水。生きているんだなぁと感じることがありますよね。
日本語は、本来の大和言葉に中国から漢字文化が流入してきたり、
また外来語が入ってきたり、常に動いていますよね。
仏教用語など、本来の意味を失って流通している言葉も沢山ありますよね。


宮部みゆきさんについて。
昔でいえば、松本清張のイメージ。(ポジション)
時代を背負っている作家ですよね。
器の大きい安定感のある作家だと思っています。

先日、野口富士夫「雲のちぎれ」を布団の中で少し読み返しました。
林芙美子の逸話がありました。それを引用します。
「机にむかって原稿を書いていると、
机ごとだんだん身体が前へ進んでいって、むこう側の壁にぶつかってしまう。
それでまた元の位置に机をはこび直して書きはじめると、
またまた壁にぶつかるほど、いつの間にか前へ進んでしまっている。」

作家の集中力、勤勉さについてのエピソード、
私は好んで読んでいます。感嘆しながら読んでいます。
作家の見えないところでの努力、凄まじいものがありますよね。

> 作家自身はもちろん、担当編集者も、
それは、誤った表現、と認識してるからでしょう。

= 「誤った表現」
これは「どう捉えているのか」考察の余地があると思えます。

慣例上許容されているもの
(強調の意味を持つ重複)
私はこちらの方が、関心が高いです。

片瀬みことさんの小説、読点の使い方、改行の仕方、
1970年代を感じることがあります。
文章について、様々な知識を吸収されたんだなぁ。
真摯に言葉と向き合っているのが伝わってきます。

現代は読点を取り払い、改行で読みやすさを優先していると思っています。
利便性はUPしましたが、作者の息遣いを辿る楽しみ、
作者の思考のリズムを辿る楽しみ、言葉が描く風景を辿る楽しみ、
なくなってきていると感じます。
インターネットの影響なんでしょうか…
(私は小説には言葉としての役割、伝達手段以上のものを求めたいです。)

強調表現について。
昭和の時代の小説の方が、強調表現がより強かったと感じます。
現代はセンテンスを分けて、文章を作成しているように感じます。
私は江戸時代の講談を好んでいます。
現代よりも形容詞や言い回しが少なく、
なんて素朴な表現なんだろう、
現代よりも言葉が大切にされていたんだなぁ、
など心に沁みることがあります。

「誤った表現」
私が子供の頃に読んでいた小説と現代の小説、
比較すると助詞や代名詞の使い方が変わっていたり、
言い回しが変わっていたりすることに気づきます。
意味は同じでも語感が違う。私は時の流れを感じます。

古き伝統を守る感性、その殻を打ち破っていく感性、
どちらもステキですよね。

> 日本文壇に対する、そんなメッセージだろうか。

= 私は文壇に関する本も大好きでした♪
近年は賞の選考だけ。形骸化していると感じます。
文壇に関する本も買わなくなりました。
評価の基準は文壇ではなく、
マスコミや発行部数によって決められていると思います。

平野啓一郎や吉村萬壱を読んだ時は、文体にびっくりしました(笑)
町田康や京極夏彦を読んだ時は、新しい風を感じました。
(京極夏彦さんのレンガ本2冊、カバンに入れて通勤してました。)
ひーちゃんの小説を拝見した時には、
時代の大波にさらわれた気分でした。立ちくらんだYO~☆

「日本文壇に対する、そんなメッセージだろうか。」
そこまで深く読み込める片瀬みことさんの感性、素晴らしいと思います。
宮部みゆきさんが、そのことを知ったら喜ばれるように感じます☆

私はブログ訪問していて、小説に限らず、
肉声を感じさせてくれるエントリーが好きです☆
また記事を作成していて、たった1つの言葉で
「かげり」が表現できるとは考えていません。
ブログ全体が醸し出す雰囲気も楽しんで頂けたらいいなと考えています。

> 人に何かを伝える時、そのために、いったいどんな言葉を選択するか、
その人が持っている性格や美意識は、
そういう場合に表面化してくるんじゃないでしょうか。

= 私の心に、グサッと突き刺さりました(汗)
か、か、貝になってしまいそうです(笑)
ブログ運営上では♪ねこ♪さんと同じく、私も推敲を繰り返して
少しでも、マシな文章を綴れたらいいなと思っています。

PS. ひーちゃんへ。
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